『押入れのちよ』

押入れのちよ (新潮文庫)

押入れのちよ (新潮文庫)

荻原浩著ということで表紙の不気味な雰囲気に目をつぶって購入。

「きっと中身はそんなでもないよね!(タイトルから)座敷童のちよちゃんが出てくるぐらいだよね!」と思ったら、やっぱり中身も全体に不気味な短編がいっぱいだった…『お母さまのロシアスープ』のオチが見えてきたあたりで腰が引けてしまい、途中まででしばらく積んであった1冊だったが、本日気合を入れて読了。


とは言っても、全体的には完全なホラーものではなく、世にも奇○な物語の、ちょっと怖いバージョンぐらい。


『コール』と『しんちゃんの自転車』は、ちょっと切ないいい話だった。特に、前者は種明かしになるまで、まんまとだまされていた分、「そうきたか!」というキモチだった。


『コール』は、「ドリカム状態」のミステリーサークル部の二人が付き合いだし、やがて結婚。しかし、夫は若くして病に倒れかえらぬ人に。「実家に戻って来い」という父母の誘いから、いったんの里帰り前に、と墓参りに来た妻と残されたサークル仲間。墓参りまでの道々、学生時代のあれこれが回想され…という話。


いつもどおり窓から誘いに来たしんちゃんと「私」の短い冒険と、彼との日々を回想する『しんちゃんの自転車』。足もとどかない26インチの自転車を駆って、病弱で箱入りの「私」を迎えにくるしんちゃん。秀才でスポーツ万能で、というスマートなタイプでは決してないものの、「私」にとって紛れもなく輝いていたヒーローとの真夜中の冒険。


小学3年生になっても自転車に乗れない「私」に、しんちゃんが言う。
「お前、もう後ろに乗るな。自分でこげよ」(中略)「俺、いつまでも乗っけてやれないぞ」
「うん、わかってる」
という二人の約束が、心に残った。


表題の『押入れのちよ』も、ヒューマンドラマとして読めてよかった。ちよの生い立ち、主人公の境遇と元カノの話しなど、どろっとした人間の薄暗い部分も見え隠れするものの、激安家賃の物件に文字通り「ついて」きた、ちよにビーフジャーキーとカルピスウォーターを用意し、テレビをつけてやる主人公恵太との、みじかいけれどほのぼのしたツーショットがなんだかよかった。